非結核性抗酸菌症そらりす

非結核性抗酸菌症の患者の日常・投薬歴・入院歴です

「刑務所慣れ」ならぬ、「病気慣れ」

血痰は、抗炎症剤のトラ二キサム酸と止血剤のアドナのおかげで止まりつつあります。血の色が鮮血ではなく、茶色になってきました。

 

血が止まってきてよかったんだけど、なぜか血痰ではない痰が少なくなくなりました。この病気になって長い私は、「痰が減ったんだ!よかった!」と無邪気に喜べない。

 

無邪気に喜ぶことがこわい。

 

スティーブン・キング原作の映画「ショーシャンクの空に」のセリフが思い出されます。

 

「希望か。一言言わせてくれ。希望は危険だぞ。希望は人を狂わせる。塀の中では禁物だ」

 

調達屋という刑務所内ビジネスで小金を稼いでいる囚人レッドのセリフです。刑務所で長く生活すると、「刑務所慣れ」という状態にはまっていく。そこで生きることを憎みながらも、そこでの暮らしに依存し、継続を望みさえするようになる。

 

「刑務所慣れ」は、そこで生きていくには必要なものかもしれないけど、釈放という希望から目をそらすことで成り立つあやういバランスです。だから、そこで希望を口にすることは危険だとレッドは語るわけですが…

 

刑務所と比べるのは大げさだけど、私は、「刑務所慣れ」ならぬ、「病気慣れ」している。

 

だから、回復という「希望」をもつことがこわい。希望をもって、結局はガッカリさせられることがこわい。この病気にかかる前の状態がもうあまり思い出せないから、もはや回復することすらこわいのかもしれない。

 

だから、「痰が減った!治っていくかも!」と無邪気に喜べない。

 

喜んだほうがいいのかもしれません。ここは、あえて喜ぶことにしよう。病気という檻から出るという希望を捨てないことにしよう。

 

ぬか喜びも喜びのうちにカウントしといたほうがいいように思います。

 

部屋に迷い込んだ蝶が窓にぶつかり、ぶつかりしていることがあります。出してやろうと窓を半開にしてやっても、すぐ横の出口に気づかないで窓にぶつかりつづけている。それでも、ある瞬間、たぶん偶然に出口を見つけ、蝶はふらりと外に出ていく。

 

蝶が外に出られたのは、希望を捨てなかったからなのか、絶望を知らなかったからのか、わからないけど…ジタバタしたから出られたとは言えるかもしれない。

 

もう少し、ジタバタしようと思います。

 

ちなみに、レッドを演じたモーガン・フリーマンは、自分の出演作で「ショーシャンクの空に」がいちばん気にいっているとか。また観たい映画ではあります。