非結核性抗酸菌症そらりす

非結核性抗酸菌症の患者の日常・投薬歴・入院歴です

ブログを読めない理由

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夜の散歩中に見た月

そらりすの死から半年が過ぎてしまいました。私(夫)はまだ彼女が書いたこのブログを読んでいません。

漠然とした気持ちとしては「怖い」というのが理由なのですが、ちょっと分析的に考えてみました。

私は、そらりすの考えていることや気持ちは、本人から伝えてほしいのです。ほかの手段では知りたくない。なんというか、日記を盗み見るのに似ているような気がして。

公開されているブログですから、そこまで気を回す必要はないのでしょうが、「読んで」と言われていたわけではないし、簡単に割り切れません。

生きている人間同士というものは、夫婦であれ仲のいい友人であれ、本音を100%伝え合うことはないはずです。特に日本人の場合、「愛してる」と口にすることはありませんし、心のうちをなんとなく隠して、態度や空気で読み合うのが自然だと思うのです。私は、そらりすとのそんな距離感をなくしてしまいたくないのでしょう。書かれたものを読むだけというのは、コミュニケーションとしては一方通行なので、それではイヤです。たとえ私に対して好意的に書かれた文章であったとしても。(もちろん、怒りや恨みが書き連ねられていたら、とても耐えられないです)

 

年が明けたら引っ越します。家賃負担を減らすのがいちばんの理由で、賃貸の契約が終了するのを機にどこでもいいから出て行こうとあれこれ検討した結果、私の実家に移ることになりました。両親は健在ですが施設に入っていて、家自体は空き家になっているため、誰かが住んだほうがいいだろうと親族が言うこともあって、安易な道をなんとなく選んだ感じで、そらりすはあんまり喜ばないんじゃないかなという気もしないではありません。

近所を歩いていると、いたるところに彼女との思い出が染みついていて悲しいです。同時に、住み慣れた町を離れることも、とても寂しいです。

 

これまでの生活を「吹っ切る」という気はまったくありません。新しい場所で、そらりすとの新しい形の付き合いを続けていきたいと思います。